今回紹介する1冊はこちら。
『馬場のすべて教えます ~JRA全コース徹底解説~』
【著 者】・・・小島友実
【発行日】・・・2015年5月20日
【頁 数】・・・207ページ
JRA馬場土木課の取材・協力と現役騎手(当時)による見解が書かれた「馬場の攻略本」の決定版!(だと、あまざけは考えています!)
馬場に対しての見解や攻略の本は多数出版されていますが、本書は「JRAの協力」なので公式情報ということになります。
Contents
こんな人にオススメします!
- 競馬が好きな方、興味のある方
- 馬場についての基礎を勉強したい方
- 予想ファクターに「馬場」を取り入れている方
- 海外との馬場の違いを知りたい方
- 全10場ごとの特徴や、馬場の管理スケジュールや機材などに興味のある方
- 芝の品種や特性に興味のある方
著者はどんな人?
小島友実氏は競馬評論家、競馬ライター。
馬場取材歴は25年以上。JRA全10場の馬場を踏破。
あまざけの所感
本書は、『小回り平坦コースで良馬場ならこの血統!』だとか『阪神芝2200mは非根幹距離だから主流距離で足りなかった馬の巻き返しに注意』だとか、そのようなギャンブル的な内容ではありません。
はっきり言って、この本を”読んだだけ”では馬券力は上がりません。
馬場をテーマにした競馬書籍は多数ありますが、本書がそれらと異なる点は「馬場のについての基礎情報と分析を中心とした内容」だということ。
例えば、本書には以下のような内容が書かれています。
- JRAが実際に行っている馬場状態の区別方法、含水率の測定方法
- 芝の品種や産地、各競馬場の芝馬場の更新について
- ダートの洗浄回数や凍結防止剤の散布スケジュール
- 馬場の地盤から表層までに使われている素材
- 馬場管理で使われる機材や方法
- 各競馬場の担当者への取材
- 馬場に関する、よくある疑問(高速馬場と故障率の関係etc)の回答
などなど。
そう、文字通り「馬場のすべて」なのです!
馬場に対する表現としてよくあるものが「軽い馬場」と「重い馬場」。
数多の競馬書籍で必ずと言っていいほど使われていますが、「なぜ軽い(重い)のか」という解説が詳しくされている本は意外と少ないのです。
本書”以外”の競馬書籍では、「馬場の軽い・重い」への理由付けとしては、
- 『明らかに馬が走りにくそうにしているから』といった馬本位の考察
- 『血統、脚質、戦歴・・・』などのデータから推測した考察
というものに代表される「馬場以外の面から推測した馬場考察」が他の競馬書籍で多く採用されています。
一方、本書では「馬場そのものをフォーカスして掘り下げる」という内容となっています。
なので、
- 馬場はなぜ軽い・重いという違いが生まれるのか
- 洋芝にパワーが必要な理由とは何か
などといった、『「そう聞いているしみんながそう言っているから」というレベルでは知っているけど、本質を知らない』ということについての解説が盛りだくさんとなっています。
本の内容
他の競馬本とは一線を画す内容となっていますので、読みごたえがあります!
大切なのは「目に見える表面の芝」ではなく「地中にある茎の層」
開幕週の青々とキレイに生え揃っている芝を見ると、「馬はとても走りやすそう」と感じますよね。
では、芝の葉の部分が枯れていたり千切れていたりして馬場の緑色が薄れ、土が露出していたらどうでしょうか。
ほとんどの人は「馬場が荒れてきたな・・・」と思われるかもしれません。
しかし、「葉が減り土が露出する」ことと「馬が走りにくい馬場」ということは決してイコールでは無いというのです。
馬は目に見える芝に蹄を引っかけて走っていると思っている方が多いでしょうけど、実は芝コースの下には”匍匐茎(ほふくけい)”と呼ばれる茎の層があり、ここの密度が芝には大切なのです。芝の地中で横に茎が伸びてマット状の層を作り、実はここで馬の脚を支えています。
馬は走るとき、表面の芝ではなくその下にある匍匐茎や路盤で支持力を生み、それを推進力に変えて前に進みます。
「茎の層が残ってさえいれば、表面の葉が少なくても馬が走行するには問題がない」ということ。
これ、僕にとってはけっこう衝撃でした・・・。
葉が無いということは匍匐茎も無い可能性も高いですし、巻き上げられた砂塵を嫌がったりもするかと思います。
冬でも芝が枯れない理由
昔の有馬記念の映像を見てみると、芝の葉が枯れて完全に茶色になっているのが見て取れます。
今も昔も芝コースに使われる「野芝」は寒さに弱い品種だから冬になると枯れてしまうのですが、現在では冬でも緑の葉が残った馬場で競馬が行われています。
これはなぜかと言うと、野芝に混ぜて「寒さに強い洋芝」を植えているからなのです。
このことを「オーバーシード」というのですが、JRAの取材では「要はカツラですね」と表現しています。
オーバーシードしなくても野芝には匍匐茎があるので馬が走る分には問題がないのですが、観覧上の問題でこのような対応をしているのです。
ちなみにオーバーシードする洋芝は匍匐茎が無い品種だそうです。
洋芝は時計がかかると言われる理由
函館競馬場と札幌競馬場には寒さに強い「洋芝」が植えられています。
寒すぎて他場で使われている「野芝」が育たないからです。
メディアなどでも「洋芝」とひとくちに言っていますが、実は3種類の洋芝が混ぜ合わせて植えられています。
3種類のうち、主草種(メインの芝)になるのがケンタッキーブルーグラスだ。
この草種は横に伸びる匍匐茎を持っているので、野芝と同じように横の繋がりがあり、野芝ほどの強靭さはないが強い。
また洋芝の匍匐茎はマット層を形成し、ここで競走馬の蹄から来る衝撃を緩衝する効果を担っているのだ。
洋芝の中でも、「野芝の特徴になるべく近い品種」が選ばれているということですね。
ただ、この品種の特徴の違いが馬の走行に影響します。
野芝の匍匐茎は地中に根が生えて下に厚くなっていくのに対し、洋芝のマット層の根は時間が経つにつれて上の方に上がってきて、スポンジみたいに密集する性質があるんです。
そんな状況で雨が降れば、水を含んだスポンジの上を走っているような感じになる。
また、更に水分を含んだ状態で馬が走って蹄が入ると、マット層ごとズルッとむけてしまうこともある。
そうなると、余計に時計がかかるようになっていきますよね。
「雨が降ると途端に重くなる」のが洋芝の特徴です。
開催前半や良馬場のときはこの限りじゃないので、「洋芝=パワーが要る」と決め付けるのは危険ですね。
函館競馬場のレコード続出事件(2017年)
本書の内容には無いことですが、洋芝に関する情報をひとつ。
2017年の函館競馬で、土日の2日間でレコードが5本も記録されちょっとした騒ぎになりました。
このうちの「函館スプリントS(G3)」ですが、同じ芝1200mのスプリンターズS(G1)と時計を比べてみましょう。
- スプリンターズS(G1)のレコード(2012年):1分6秒7
- 函館スプリントS(G3)のレコード(2017年):1分6秒8
夏場に芝の張り替えをしたばかりで尚且つ野芝オンリーで行われる秋の中山のスプリンターズSレコードに迫る時計が、洋芝の函館競馬場でしかも出走馬のレベルが劣るG3で記録されたのは驚きです!
宝塚記念が”力の要る馬場”になりやすい理由
宝塚記念(G1)が行われる6月はそもそも梅雨時期で馬場が重くなる傾向にありますが、理由はそれだけではないようです。
本書に以下のような記述があります。
宝塚記念が行われる開催は6月末までレースがあり、9月中旬には秋競馬を迎える。だから、野芝の張替期間が約2ヶ月半(10週)しか取れない。
阪神は4大競馬場の中でも芝の養生期間が一番短い競馬場なのだ。
阪神競馬場では養生期間が短いため、なるべく張替面積を少なめにして対応しているという訳だ。
夏に張り替え、更新作業をした芝を秋競馬から翌年の6月まで使い続ける。
という事は宝塚記念の日がその馬場を使用する最終日なのである。
- 最も使い古された芝
- 張替えされていない芝
- 梅雨
- 2度の坂越え
- 2200mという非根幹距離
これだけの特殊条件が揃っているので、「宝塚記念が初G1勝利」となる馬が多いことには納得できますね。
時計の速さと馬の故障率には関係性が薄い
ー日本の馬場は硬いから、時計が速くなる。ー
ー高速馬場だから馬が故障しやすい。ー
真偽はともかく、このような批判はよく耳にします。
この、競馬ファンの誰しもが気になる疑問についても本書では解説されています。
2002年から2010年までのJRA全競馬場のすべての芝のレースを対象として、良馬場の芝で各距離の平均走行速度が速くなった時、3ヶ月以上の休養を必要とする馬がどれだけ上昇するかを調べました。
結果、危険性が増える傾向はほとんどありませんでした。
本書では根拠となるデータも併せて掲載されていますので、信頼できます。
馬場の硬度と走破時計は反比例している
高速馬場に対する批判とは裏腹に、実際には「馬場の高度は下がり、走破時計は速くなっている」というのです。
ここでも、根拠となるデータは掲載されています。
速い時計が記録されると「高速馬場だ」と批判が起きますが、そもそも速い時計が出るのは馬場だけの影響でしょうか?
サンデーサイレンスの初年度産駒が登場したのが94年。これによって、日本の競走馬の質がより上昇しました。
実は走破タイムは芝だけではなく、ダートもだんだん早くなってきているんですよ。
ですから、厩舎関係者や牧場の皆さんの馬の仕上げ方や調教技術の向上といった事も大きな要因だと思います。
この引用文は、著者がJRAへの取材で聞き取った内容です。
実際、現在の日本馬は世界で通用する競走馬がたくさんいます。
過去と比べて走破時計が速くなるのは、強い馬づくりを目指してきたホースマンたちの努力の結晶なのではないのでしょうか。
そして、JRAが行う馬場造り。
そして馬場的な要素で言うと、エクイターフの導入が挙げられますね。2008年ごろから使用が増えているエクイターフは根や茎が強靭で荒れにくいため、走りやすく良好な状態が長く維持できます。
外国人ジョッキーが来日した時に必ずといって良いほど聞くのが「日本の馬場は世界一」ということ。
「日本の馬場はデコボコがなくて、とても乗りやすい。馬も馬場が平坦だとわかって走っているので、そういう観点からも馬も騎手も安心して乗れる」という、R・ムーア騎手からの言葉も掲載されています。
このように、
- 血統面の変化
- 調教技術の向上
- 馬場的な要素
これらに代表される様々な要因が重なり、走破時計が速くなっているのではないでしょうか。
以下に、JRA職員の主張を引用しておきます。
寄せられる批判の中では「レコードが出るような馬場造りをしているのではないか」というご意見が一番多いので、ここは声を大にして言わせてください。
決してレコードタイムを目指した馬場造りなどする事はありません!
競馬はタイムを競うものではなく、同じ条件の下で他の馬より早くゴールに辿り着く事を競う競技です。
ロンシャンの芝は長くない
2013年10月6日(凱旋門賞当日)の仏ロンシャンの芝は約9cm。
東京競馬場の芝は野芝が約10cm~12cm、オーバーシードした洋芝が約12㎝~16cm。
これは、JRAが行ったロンシャン競馬場と東京競馬場の芝の長さの比較です。
ヨーロッパの芝はパワーが要ると聞いているので、芝も長いイメージでしたが実際は日本の方が長いとのこと。
元々ヨーロッパは自然を活かした競馬場造りを行ってきたので、下が粘土質や石灰岩質なんですよ。
だから乾燥すると路盤が土間のようにガチガチに固まってしまう。だから散水して柔らかくする必要がある。
日本の路盤は砂質で水捌けがいい。だから仮にヨーロッパのようにレース前日の金曜にじゃんじゃん散水しても、土曜のお昼には良に回復するでしょうね。
そもそも日本とフランスでは、「馬場への考え方」から「造り」まで異なる点がとても多いのです。
本書のポイント
最後に本書のポイントをまとめておきます。
- JRA職員に取材した、全10場の特徴解説
- エアレーション機材の説明と使用頻度
- 時計が速いのは馬場が硬いからでは無い
- JRAは「安全で公正な馬場造り」を心がけている
- 大切なのは「目に見える表面の芝」ではなく「地中にある茎の層」
- 時計の速さと馬の故障率には関係性が薄い
日本の「管理が行き届いた馬場」は競馬の持つ多様性のひとつだと、あまざけは考えております。
関連書籍
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