今回紹介する1冊はこちら。
『新版 競馬の血統学 サラブレッドの進化と限界』
【発行所】・・・NHK出版
【出版日】・・・2012年4月10日
【頁 数】・・・294ページ
Contents
こんな人にオススメします!
- サラブレッドに関わる歴史が好きな方
- 血統が好きな方
- ギャンブル以外の面での競馬の魅力をもっと知りたい方
このような方は、この本がマッチすること請け合いです!
あまざけの所感
本書の旧版は1998年に「JRA馬事文化賞」を受賞しており、ロングセラーの1冊となっております。
最初に申し上げておきます。
本書は、馬券に役立つ情報、種牡馬のレース特徴などギャンブルに関わる内容は一切書かれていませんのでご注意ください!
「血統”学”」というタイトルですが専門的で学術的な内容ではなく、「血統を構成の軸とした、人間とサラブレッドの歴史」が書かれた本です。
- サラブレッドという品種がどのようにして生まれたのか
- イギリスの王族や貴族の嗜みだった競馬が、ビジネスとしてどのように世界中へ発展していったのか
- 禁忌を犯そうとする人間へ自然界が警鐘を鳴らすという、フィクションのようなノンフィクション
時代背景や当時の人間の考え方を踏まえ、現代に至るまでのサラブレッドの歴史が細かく、そして分かりやすく書かれています。
本の内容
サラブレッドの歴史なので、舞台はイギリス、イタリア、フランス、アメリカ、カナダ。そして日本です。
サラブレッドと人間の歴史。
それぞれの国の人々や異なる時代のサラブレッドが、どのようにして血を繋いできたのかが分かる内容です!
登場するサラブレッドたち
この本は全8章。
それぞれの章では1頭のサラブレッドを軸として構成されています。
- セントサイモン
- ハイペリオン
- ネアルコ
- ナスルーラ
- ノーザンダンサー
- ネイティブダンサー
- トウルビヨン
- ロイヤルチャージャー
この8頭とその子孫が中心となります。
ある日突然、サラブレッド
サラブレッドという品種は、いつ誕生したのでしょうか?
それは、1791年にイギリスが発行した「血統書」に記載のある馬だけをサラブレッドとすると決めたときからです。
その血統書に記載のある馬は、種牡馬102頭、繁殖牝馬378頭だけ。ここに載っていない馬はどれだけ脚が速かろうがサラブレッドとは言えないのです。
そもそもサラブレッドのルーツはどこなのか。
「三大始祖」と呼ばれる3頭のサラブレッドの名前は聞いたことがあるかもしれませんね。
- ダーレーアラビアン
- バイアリーターク
- ゴドルフィンアラビアン
「始祖」と呼ばれていますが、この3頭はその辺を走っていた野生の馬ではありません。
この3頭に至るまで、当時の人々はより速くより強い馬を生み出そうと、馬の生産をしていました。
ただ、当時の生産目的は競馬ではなく、運搬や移動といった生活、そして戦争のためです。
今から900年ほど前、中東に遠征した十字軍の兵士たちは敵があやつる馬のあまりの速さに度肝を抜かれたそうです。ヨーロッパの在来種とはその能力に歴然とした差がありました。
以降、当時のヨーロッパ各国が中東の馬を自国に導入していくなか、世界の主導権を握り始めたイギリスが1791年に血統書の第一巻を発行し、上述のように、ある日突然「サラブレッド」が誕生しました。
サラブレッドの進化の歴史は、近親繁殖の歴史でもある。
当時のサラブレッドの生産はイギリスだけの文化。
当然、狭い範囲の中での生産であり、種牡馬の数も繁殖牝馬の数も多くはありません。
強い馬同士を配合し、そして生まれた強い馬同士を配合する・・・。ごく少ない頭数での生産なので、結果として血統構成が似た馬がたくさん生まれることになります。
優秀な種牡馬が出ればその血に一斉に群がり、そこから優秀な競走馬が誕生すればその血にまた群がるという繰り返しが、べつに配合論など深く考えなくても結果として強い近親繁殖を積み重ねていくこととなりました。
強い馬の血ばかりに群がると、当然、近親交配による配合の袋小路に陥ります。
例えば、凱旋門賞2勝(2017-2018)含むG1・11勝の名牝「エネイブル」というイギリスのサラブレッド。
この馬はかなりキツい近親交配で生まれています。
それは、「父方の曽祖父」と「母方の祖父」がサドラーズウェルズという同じ馬だということ。
エネイブルのように、祖先の能力をフルに受け継ぎ驚異的な能力の馬が”稀に”誕生することもあるのが近親交配。
しかし、これは自然においては「極めて不自然」なこと。
本書には以下のような記述があります。
強い近親繁殖の繰り返しが積み重ねられたり、ある特定の優秀な血統に片寄っていくと、一定の時期から活力、頑健さ、生命力、遺伝力といったものが急速に衰えていき、そのうちぱったり走らなくなる傾向がみられるのである。
本文にこのような記述もあるように、「これ以上の血の濃さは危険だ」と自然が警告を発していました。
著者は、ネアルコなどを生産したイタリアの名馬産家フェデリコ・テシオの言葉を用いています。
不妊という手段によって、自然は人間のまちがいを、制限したり、あるいは排除したりする。
フェデリコ・テシオ
しかし、これらの「歴史」がありながら現代でも優秀な血統に群がり超高額で取引されています。
200年前の競馬黎明期ならいざ知らず、現代にいたるまで何度も近親交配により袋小路に陥っているということは、サラブレッド生産のシステム上、仕方のないことなのかもしれません。
成功した種牡馬とその血統に群がる人間の飽くなき欲望
当初は戦争と生活のために馬を生産していたのですが、イギリスという国が強くなるにつれて「速い馬を所有することが名誉」と生産の意義も変わっていったのですね。
イギリスの貴族、王族、大資本家が趣味や道楽でサラブレッドを生産しており「名誉を得るためには大金を投じることも惜しまない」という考え方が根本にあったので、凡庸な馬は淘汰されていきました。
現代以上に、人間の冷徹さが表れるエピソードですね。
雑種血統のジャイアントキリング
「きょうからは、この血統だけをサラブレッドと認め、それ以外はいっさい認めない」
「きょうからは、新たな血の注入は認めない」
イギリスは、自分たちの基準で馬の世界にサラブレッドという特権階級を設けました。
階級国家イギリスの、上流社会に生きる人びとならではの発想だったといえます。
では、サラブレッドと認められなかった馬はどうなったのでしょうか。
当然ながら処分の対象となって安く売られ、それらが自由と平等の社会を目指す人びととともに新天地のアメリカにわたったことは容易に想像されます。
しかしアメリカの人びとはサラブレッドの定義が浸透してからも、血統の出所より実力を最優先し、優れた競走成績や繁殖成績を上げる在来血統を大事に残していきました。
母国イギリスの階級社会を嫌い、新天地アメリカで自由と平等と実力主義の社会をめざした人びとならではの発想だったといえます。
誇り高き英国紳士たちの根本的なあやまちは、自分たちと同じく馬の世界にもサラブレッドという特権階級を設け、権威づけのために血統を限定して封印したことにあった。
これらを近親交配することで200年にわたって進化させたまでは成功だったが、いずれ深刻な状況をまねくことに気付かなかった。
かれらにとって、自分たちが定めた特権階級以外の雑種血統から、強力なパワーを持った革命の使者が誕生するなど予想だにしなかったことだろう。
事実、アメリカで生まれた育った血統の馬がイギリスの大レースを次々に制することになります。
そしてそれらの馬が種牡馬や繁殖牝馬としてイギリスやフランスに残り、その後もヨーロッパの大レースを制していくのでありました。
この非常事態にイギリスは伝統と誇りにこだわっているわけにもいかなくなり、この猛攻を防ぐにはアメリカ血統をサラブレッドと認めて自国に導入するしかありませんでした。
サラブレッドよりも強くて速い馬種が誕生してしまうと、自分たちが過去から築いてきた既得権益のすべてを失うことになるからです。
たとえ時代が変わっても変わらないサイクル。
①:優れた種牡馬の産駒が増える
②:同じ血統構成の馬が増え、配合の袋小路に陥る
③:溢れた主流血統に傍流血統を掛け合わせ、傍流血統が繁栄する
④:その傍流血統が主流になり、産駒が増える
⑤:以降、②~④の繰り返し
今までも、今も、そしてこれからもずっとこのループが続いていくと思われます。
このように、同じ血統が覇権を握り続けることができないのが競馬の世界。
主流血統はいずれ自然により制限され、思わぬところからダークホースが現れます。
血に内包されている優秀な遺伝子が花開くかどうかは時代の巡り合わせ次第なのかもしれませんね。
本書のポイント
さて、この本の内容をざっくりと紹介させていただきましたが、いかがでしたでしょうか?
最後に本書のポイントをまとめておきます。
- ギャンブルについては一切書かれていない
- 競馬黎明期から現代までの歴史書
- 成功した血統に群がる人間の欲望と過ち
- 純血にこだわり、雑種を排除する人間のエゴ
- 近親交配による配合の袋小路
- 繰り返される、傍流血統の勃興と主流血統への侵略
- 古くからつづく在来の血を守り育てることの重要性
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